かつての私は、満員電車の窓に映る自分の顔を見るのが嫌いでした。東京のマンモス園で働いていた頃、朝7時から夜遅くまで、文字通り分刻みのスケジュールに追われ、子どもたちの目を見る時間よりも、壁にかかった時計を気にする時間の方が長かった気がします。「先生、あのね」と袖を引く小さな手を、「ごめんね、後でね」と何度振り払ってしまったことか。やりたかったはずの保育が、いつの間にか「こなすべきタスク」に変わっていく恐怖。そんな折、実家のある奈良へ戻ることを決め、何気なく目にした
1. 事務作業という「重荷」を下ろせた日
転職して最初に驚いたのは、園内の空気が驚くほど「穏やか」だったことです。 駅前という都会的な立地にあるにもかかわらず、そこには都会特有の焦燥感がありませんでした。その秘密は、徹底した業務の効率化にありました。 以前の職場では、連絡帳も日誌もすべて手書き。深夜まで園に残り、腱鞘炎になりそうな手でペンを走らせるのが当たり前でした。しかし、ここではiPadが私たちの相棒です。指先一つで記録が終わり、写真は保護者の方とリアルタイムで共有される。 「効率化は、冷たさではなく、温かさを生むためのもの」。 園長先生のその言葉通り、事務作業の時間が削られた分、私たちは子どもたちと一緒に泥団子を作り、空を流れる雲を眺める時間を取り戻しました。書類と向き合う代わりに子どもと向き合う。そんな当たり前のことが、これほどまでに心を軽くしてくれるのだと初めて知りました。
2. 「完璧な先生」なんて、いなかった
「ここでは、一人で頑張りすぎなくていいんですよ」 入職して間もない頃、失敗して落ち込む私に先輩がかけてくれた言葉です。 かつての私は、常に「完璧な先生」でいなければと自分を追い込んでいました。けれど、この園には「チームで子どもを育てる」という本当の意味での助け合いがありました。誰かが困っていれば、そっとフォローに入る。経験の浅い先生のアイデアも、「それ、面白そう!」とみんなで膨らませる。 お局様のような存在も、ギスギスした派閥もありません。あるのは、一人の人間として、一人の保育士として、お互いを尊重し合うフラットな関係性。 「先生が幸せじゃないと、子どもたちを幸せになんてできない」 その哲学が職員室の隅々にまで浸透しているからこそ、私たちは心からの笑顔で子どもたちの前に立つことができるのです。
3. 大和高田の街が、私を癒やしてくれた
園のすぐ外には、歴史ある大和高田の街並みが広がっています。 お散歩に出れば、地域の方々が「おはよう」「今日はいい天気やね」と温かく声をかけてくれる。都会の無機質なアスファルトとは違う、土の匂いや風の音。 駅へのアクセスが良いから、仕事帰りに少し足を伸ばしてショッピングを楽しむこともできるけれど、今の私は、園の近くの静かなカフェで一息つく時間が何よりの贅沢だと感じています。 都会の刺激に疲れていた私の心に、この街の適度な賑やかさと穏やかさは、最高の処方箋となりました。オンとオフの切り替えが、これほどまでにスムーズにできる環境が、保育のパフォーマンスをこれほどまでに高めてくれるとは思いもしませんでした。
4. もう一度、エプロンの紐を結んで
「先生、今日のお顔、とっても可愛いね」 ある日、子どもにそう言われたとき、私は自分がどれほど自然に笑っているかに気づきました。 以前は「作っていた笑顔」が、今は「内側から溢れる笑顔」に変わっている。 ここでは、行事の成功よりも、今日一日を子どもたちがどれだけ笑って過ごせたかを大切にします。 持ち帰り残業も、理不尽なルールもありません。あるのは、子どもたちの成長を心から喜び合える、誇り高きプロフェッショナルの集団です。
もし今、あなたがかつての私のように、暗い夜道を一人で歩きながら「もう辞めようかな」と泣いているなら。 どうか、自分を責めないでください。あなたは何も悪くない。ただ、あなたの優しさを正しく受け止めてくれる場所に、まだ出会えていないだけかもしれません。
大和高田の空は、今日も広く、子どもたちの笑い声が響いています。 私たちは、あなたの新しい一歩を、両手を広げて待っています。 特別なスキルなんていりません。ただ、もう一度子どもと向き合いたいという、その小さな火種だけを持ってきてください。 ここでなら、あなたはもう一度、自分のことが好きになれる。 私は、自分の経験を持って、そう確信しています。