これでもう迷わない!保育園の違いがよくわかる図

保育園
  • 保育園の先生が私にだけくれたプレゼント

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    私が幼い時は母が働いていたので、保育園でした。
    当時の母はおそらく他のお母さんたちより仕事が忙しく、保育園でお迎えに来るのがいつも一番最後でした。
    だいたい18時過ぎにお迎えに来ていました。
    待ってる間他に園児の子がいる場合は一緒に遊んでいますが、ほとんどが17時前にいなくなってしまいそこからは絵本やおもちゃ保育園の先生が遊び相手でした。
    こんな状態が毎日続いていて私の心境を悟ったのか、当時30代くらいの保育園の先生が毎日私だけにプレゼントをくれました。
    それはお菓子だったり手作りのおもちゃだったり様々です。
    私も密かに毎日寂しく劣等感があったため、一人で残されている私だけが先生からプレゼントをもらえるというのは本当に嬉しかったです。
    そのことは迎えに来る母も気がつき、プレゼントをくれる先生に対していつも丁寧にお礼を言っていました。
    私が保育園で一人だけ残っているのは卒園するまで続きましたが、それと同時に先生のプレゼントも続きました。
    時には違う先生からもプレゼントをもらったため、おそらくですが保育園の先生同士が話し合って決めていたのだと思います。
    今思い出すと保育園の先生たちの温かい心使いに本当に感動する出来事です。
    残されていたことより先生からのプレゼントの思い出のほうがよく覚えています。

  • 私が通っていた保育園であったうれしい出来事

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    私が幼稚園の先生の体験でうれしかったことを紹介します。私は引っ越しをしてきた子でした。年中さんの途中から入ってきたので、クラスの子となじめないでいました。一人で遊んでいたりしてすごく寂しい思い出があるのですが、そこで幼稚園の先生がフォローしてくれてすごくうれしかった経験があります。先生がフォローしてくれて、なんとか保育園へ行くことができましたし、一緒にみんなで仲良く遊べるようにフォローしてくれました。そのおかげで保育園へ通ってから半年後には友達がたくさん出来て、みんなで遊べるようになりました。小さい頃は人見知りで引っ込み思案だった私だったのですが、それ以来、自分から勇気を出して、友達と話せるようになりました。あのとき先生がフォローしてくれなかったら、もしかしたら保育園へ行かなくなってしまったかもしれません。上手く友達作りが出来なかったかもしれません。あのときがあったから、今私は人間関係をスムーズに出来たのだと思います。保育園の先生でも色々な人がいますが、私が通っていた先生はとても素敵な人だったので通ってよかったです。今でもその先生の顔はなんとなく覚えています。またいつか会えたら良いなと思っています。

  • 黙って見守る優しさを知りました

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    随分前のことです。その頃の私は引っ込み思案で、幼稚園等には行かないでできればずっと家にいたいと毎日思っていました。それでも容赦なく入園する運びとなり、住んでいた社宅の目の前に来る幼稚園の送迎バスに乗って毎日通わなくてはならなくなりました。そんな愚図る私をバス停まで連れて行き、時には押し込むようにバスに乗せていた母も大変だったろうなと思います。が、間違いなくもっと大変だったのは担任の先生です。私は大袈裟でなく1日1回、園で泣いていました。きっかけはどれも本当に些細な事でした。例えばお弁当の時間に、隣の子が私のお弁当を見て、「〇〇(私)ちゃん、昨日もサンドイッチだったよね」と言いました。その途端もうこの世の終わりかという絶望感に襲われ、目からザーっと涙が流れてきて俯いてしまうという具合です。するとその隣の子が「先生ー、○○ちゃんがまた泣いちゃいましたー」と大きな声で言い 、先生が私の方にやってくるという日々を毎日繰り返していました。そして何十年も経った今でも覚えているのは、先生が私の前にしゃがみ、優しい顔で私のことを見上げて見てくれている姿です。かけてくれていたであろう言葉は忘れてしまいました。でも嫌な顔をされたり 、怒られたことはありませんでした。毎日しょうもない理由で泣いていた私の話を聞いてはがっかりしていた母の顔もそれと対照的だったからか、ぼんやりと覚えています。あんなに泣いていながらも、一応毎日幼稚園に通うことができたのは、あの担任の先生の並々ならぬ忍耐力と優しさだったのは間違いありません。先生、ご面倒おかけしました。ありがとうございました。

  • 初めての男性保育士さん

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    率直な第一印象は「保育士さんとは思えない程厳ついな…」それが初めての感想であった。何せその保育士さんの風体ときたら頭は丸坊主、まだ春先で風が吹けば肌寒いと感じる季節でありながら、上は半袖のTシャツに下はジャージを膝までまくり上げている。にも関わらず額には少し汗の様な物が輝いている。うちの子は拒絶する事なく無事に1日過ごせるのであろうか等と一抹の不安を抱えながら先生の元に向かい初めての挨拶を交わした。その風体通り開口一番元気な「おはようございます!本日から宜しくお願いします!」と室内にいる他の子供達より元気な声で挨拶された。私と子供は若干気圧されながらも「おはようございます。本日から宜しくお願いします。」と挨拶を返し子供を預ける事となった。その日の夕方に子供を迎えに行くと教室からは賑やかな笑い声が聞こえてきた。子供に「初めての男の先生はどうだった?」と質問してみた所、「すごく楽しかったよ!」と満面の笑みでの返答が返ってきた事で私の心配事は杞憂に終わった。それからというもの日常生活はもちろん、運動会や遠足等のイベントでは男性というフィジカル面を生かし様々な場面において両手両足にはいつでも子供達がくっついていた。そんなパワフルな保育士さんとの年月はあっという間に過ぎ、卒園する頃には園児達だけでなく、保護者からも絶大な人気を得ていた事はいうまでもなく、今となって卒園アルバムを見直してもその中には保育士さんと子供達の笑顔が溢れていた。

  • 【奇跡】幼稚園・保育園の先生が教えてくれたこととは

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    懐かしい日を思い出します。私がまだ小さかったころです。幼稚園の先生との思い出です。私は今もそうですが、あまり周囲に馴染むタイプではありませんでした。大体、一人で行動し、それが自分に合っていると思っていました。それは、幼稚園のころも同じです。私は幼稚園の時も今も、一人が合っていると思っています。その事にいち早く気づいた女性の幼稚園の先生が、私に教えてくれました。それは、「○○くんはなんでも頑張ってやるんだね」です。○○くんは他人を巻き込んでやるのが苦手だねとは、言われませんでした。それは、今考えると私に対する配慮だったのだと思います。しかし、私はそういうこともあって、一人で物事をこなす方が合っていると、早い段階で気づけたのでした。幼稚園の先生もそれを言いたかったのだと思います。本当に私のことを考えてくれていたのだなと感謝します。大人になって、改めて自分の良さを教えてくれた幼稚園の先生には頭が上がりません。幼稚園の先生は、私を巻き込んで無理に友達と遊ばせることはしませんでした。幼稚園の先生は、私に対して小さいけれど、対等に扱ってくれていたのです。幼稚園の先生、今さらですが、ありがとうございました。

  • 幼稚園にドレスコーナーを作ってくれた先生

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    私の娘が通う幼稚園は、園庭も園内も新しく、保護者としてはこの幼稚園にしてよかったなと思ったほどです。はじめは、幼稚園・保育園で迷いましたが、新しいということ、自宅から近いという理由で幼稚園を決めました。その幼稚園は、新しく改築されてからは他の幼稚園・保育園から見学者が来るほどの場所で、園児にとってとても快適で楽しい場所であった事は確かです。そんな中で、私と子どもがテレビを見ていて、幼稚園にはない設備を見つけたのです。それは女の子が大喜びするようなドレスコーナーを作ることでした。幼稚園に通う子どもたちが、ドレスコーナーに行って好きなドレスに変身するという遊び場ですが、女の子にとってはとても胸がわくわくするような場所ですよね。うちの子もそのテレビを見てからは、ドレスコーナーが欲しいなあといっていました。それを聞いた先生がなんとドレスコーナーを作ってくれたのですね。ドレスコーナーといってもわざわざ部屋を開けたわけではなく、廊下の奥の一角をカーテンで仕切ってドレスコーナーに仕立てたのです。卒業生や在校生で持っているドレスを寄付したり、先生方も手作りできるものは手作りしたり。そんなドレスコーナーが出来てから、私の子どもはますます幼稚園が大好きになりました。子どもの何気ない一言や希望を聞いてくださった先生に感謝です。

  • 溢れ出る思いが止まらない幼稚園の先生とのホッコリエピソード

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    園児への思いが強すぎて、保護者との会話でも溢れ出る思いが止まらなくなってしまう、そんな幼稚園の先生のお話し。家の息子は感情が豊かなのですが、その分気難しい所があり、そのせいで幼稚園のお友達と度々喧嘩などをしてしまうことが有りました。幼稚園から子供が帰宅後に先生から電話があり、今日は〇〇君と少し喧嘩になってしまって……なんてことを報告されることもしばしば。ある日、いつものように子供が帰宅後に先生から電話があり「またか」と思っていました。ただ、その日の先生はいつもとは少し様子が違っており「なにか大きなトラブルだろうか」と不安になりましたが、先生は興奮気味に早口で話し始めました。「今日はお友達とかるたをやっていたのですが、△△君(家の息子)が負けてしまって。ただ、いつもなら怒るんですが、ギュッと手を握って我慢してから、お友達に強いね、負けちゃった、って言っていたんです。私、△△君の成長に本当に感動して、思わず偉いね、我慢できたねってハグしてしまいました」と、話すうちにだんだん早口に、テンションも上がっていくのが電話越しに分かりました。さらに「子供が何かを乗り越えて成長した時の感動って、言葉では言い表せない嬉しさが有りますよね」と続け、間髪入れず「この間も△△君はー」と別のエピソードを話したかと思うと「あ、そういえば以前の遠足でもー」と、次から次へと家の息子だけではなく、色々な園児のエピソードや成長を語り始め、先生自身の思いが溢れ出て止まらないモードになっていました。途中、自分で話し過ぎたことに気が付いて「あ、すいません」と恥ずかしそうにしていましたが、こんなに真剣に園児と向き合っている先生がいることに嬉しくなったと同時に、早口で園児への思いを語る様を思い出して、少しホッコリしていました。すべての幼稚園や保育園の先生がこんな先生ばかりだったら子供は幸せだなと感じたエピソードでした。

  • 息子が世話になった保育園の先生

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    私自身うっすらと保育園の頃の思い出があるんですが、もっと憶えてるのは息子の小さい頃の話です。
    ここでエレメンタリースクールなら神戸でもなにか今は成人した息子、保育園時代はとにかくイタズラ好きで、女の子をよく泣かしてたことを憶えています。
    特にある女の子を毎日のようにからかってはスカートをめくってよく先生に叱られてた。
    田舎でしたから親御さんは面識もあって、そんなことはわかってたみたいですが
    「まあ小さい子供のイタズラですから(笑)」と感じのいいご両親でした。
    その女の子はたぶんほんとに嫌がってたとは思いますが。。。

    メディカルゲートがおすすめするクリニックはどこにしばらくしてお父さんの転勤が決まって彼女は保育園を移ることになりました。
    それを知った息子のイタズラはさらにエスカレート、迎えに行った妻から先生が困ってたと聞かされました。
    まあ怪我させたりしたわけではないんですが、やっぱり相手方のことを考えると少しは注意しないとと息子に言い聞かせました。
    ちょっとしょんぼりしてましたかね。

    保育園最後の日、みんなでお別れを言って彼女の親御さんがお迎えに。
    息子は離れたところでその光景を無視したように遊んでました。
    先生が息子を呼び、半ば強引に連れてきました。
    そして女の子の前に立たせて
    「◯◯くん、なんか言いたいことあるでしょ?男の子だからちゃんと言いなさい。」
    しばらく黙り込んだ息子。
    何も言わずポケットから大事にしてたキーホルダーを彼女に差し出しました。
    「ありがとう」と言い彼女は少しはにかんだような気がしました。
    「うん」息子はその一言だけ。
    でも息子はずっと彼女のことが好きだったんですね。
    好きすぎて意地悪するしかできなかった。
    私も似たような経験があるなあとふと思いました。

    それを先生はずっと見てて知っていて、最後の最後に息子にワンチャンくれたんでしょう。
    「またね!」
    手を振りながら彼女は帰って行きました。
    なんだか大仕事をやってのけたような息子の姿、子供には子供の感情ってありますからね。
    それを気にしてくれてた先生に感謝です。
    その日の夕飯、珍しく息子はほとんど食事を口にしませんでした。
    息子にとっては彼女と会えなくなるのが相当ショックだったんだろうなあ。
    でも初恋の苦い経験、今思えばいい思い出じゃないですかね、息子にとっても。
    憶えてるかどうかはわかりませんが。


  • 幼稚園の先生に支えられた発表会

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    幼稚園の発表会を成功させようと、先生たちが頑張っていたのが印象に残っています。神戸もインターナショナルスクールと呼べるのはここが本番直前の「みんな覚えているから大丈夫、自信もってやってみて。」この言葉が心からの暖かさを感じて、とてもジーンと来ました。身と心がボロボロになるまで頑張ってもらっていて、発表会を必死の思いで成功へと導いてくださいました。新川崎でおすすめの消化器内科ならどうしてもここであまりにも頑張りすぎではなかと思いましたので、私達保護者は、「先生あまり無理をなさらないでくださいね。」って言った時に涙を出されて、本当に大変なんだなと思いました。発表会は、演劇に、演奏、新体操のようなものまで様々あって、汗だくになりながら指導するだけでなく、様々な事に注意してくださいましたので、神経も体力も大変消耗されたことでしょう。このホームページ制作の仕事は神戸もここでは演奏は一人一人がきちんとマスターできるように教えないといけないだけでなく、みんなの演奏速度も合わせないといけませんでした。演劇は、裏方として衣装チェンジなどを手伝い、舞台裏を走り回っていました。大人数の幼稚園児たちを少数の先生で面倒を見ることの大変さを、まじかで見ることで感じとる事が出来ました。兵庫県の神戸以内でインターナショナルスクールをもう問題が起こると大変ですから、相当なプレッシャーの中でお仕事をされているのですね。


  • 3人目にして初めて体験した幼稚園の中身

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    私は子供が4人います。どんなにバイリンガルスクールが神戸の中にも3番目の子はダウン症で療育のある幼稚園が近くになく、健常の子達が通う幼稚園に行かせるしかなかったのです。あちこちの幼稚園に入園を拒否されました。ダメもとで最後に聞いた幼稚園でダウン症なのでみんなと一緒の事ができません。それでも大丈夫ですか?と、最初に話をしました。口コミで大和高田で保育士を採用するともどこに園長先生は「ん?みんなとかわらないでしょ。悪いことをしたら怒るし、できないことがあったらみんなで助けたらいい。いつから来れますか?」と、言ってもらえた時はすごく嬉しかったです。お話や、字を書く事が難しかったのですが、話題では奈良が保育園のことを考えるとどうも担任の先生がじっくり教えて下さって名前を上手に書くことができるようになり、お話も単語ですがすごく上手になりました。トイレは小学生までおむつは取れないよとダウンの先輩ママに言われてましたが、話題では奈良が保育園のことを考えるとどうも先生が幼稚園の間におむつ取りましょう!と、積極的にトイトレをして下さり、年中さんでおむつがとれました。もっと神戸方面のホームページ制作できるには今は小学4年生。お話も字を書くのもすごく上手にできています。卒園式の日に園長先生に「うちに預けて下さって、一緒に楽しい時間を過ごす事をさせてくれて本当にありがとうございました。」と言われ号泣しました。どうしても神戸のインターナショナルスクールなんか本当に良い幼稚園に出会うことができ、良い思い出になりました。今でも感謝しています。