これでもう迷わない!保育園の違いがよくわかる図

保育園
  • アンパンマンが好きだった保育園の先生

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    私が通っていた保育園の担任だった先生は、みんな優しくていい先生でした。中でも、年中組の時の先生は、とても面白かったです。通っていた保育園は、学年カラーと一人一人決められたマークがありました。私たちの代は2クラスあり、黄色が学年カラーで、個人的に与えられたマークはひまわりかカタツムリだったと記憶しています。ちなみに、幼少組はピンク、年長組は紫が学年カラーでした。年中組の私のクラスの先生は新任でした。幼少組の時、冬に行われる生活発表会(歌や劇を各クラスが披露する)を見に来ていました。先生が担任になった時、顔立ちは勿論、喋り方や性格の明るさから外国人ハーフみたいだったのが印象的でした。先生が面白いと思ったところは、アンパンマンが好きだったことです。当時、保育手帳(小学校で例えるなら連絡帳)のデザインがアンパンマンだったことや、毎月定期的に全員貰える絵本の中にアンパンマンの絵本があったことも影響しているかもしれません。親が迎えに来る時間になると、なかなか迎えに来ない児童が「お残りの部屋」と呼ばれる部屋に行き、16時からアンパンマンを視聴することになっていたので、私は遊ぶ友達がいない時は、アンパンマンを見て親を待っていました。それくらいアンパンマンが私は、好きでした。先生の普段の衣装もまた、カレーパンマンのように、黄色いエプロンだかかっぽう着を着ていて、メロンパンナちゃんのような(当時はまだメロンパンナちゃんはいなかった)緑のジャージのズボンをはいていて、まさにアンパンマンの世界のようでした。そして、「へい!○○(名前)!」と言いながら、元気よく踊りながら話しかけてきた先生が好きでした。先生を見ると、元気が出たからです。その明るさも、アンパンマンみたいだったからだと思います。その年の運動会などのイベントで一等賞とか賞を取った時に貰ったメダルも、アンパンマンでした。その先生は、次の年にはいなくなっていたと思います。いつも明るくて、黄色が本当に似合っていて、年中組はひまわり組と呼ばれていましたが、本当にひまわりのような人でした。なので、アンパンマンを見たり、保育園の前を通ると、時々先生のことを思い出します。恐らく私が先生を好いていた理由は、先生もまた、児童とアンパンマンが好きだったからだと思います。もし好きではなく形として接してきたならば、それは明らかに態度に出ているはずだからです。

  • 仕事を超え、子どもを愛してくれた幼稚園の先生

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    我が家の子どもが幼稚園に通っていたのは、もう5年ほど前になります。大和高田で保育士を採用するとこんなに自由に伸び伸びとした教育をモットーとするその幼稚園では非常に温かく普段から子ども達を見守ってくれていました。いい幼稚園だとは普段から思っていたのですが、何よりもその幼稚園で心を打たれたエピソードがありました。それは年に一度のプレイデー(運動会)でのことです。毎年年長になると運動会の最後に二つのクラスに分かれてリレーで対決をします。一番奈良で話題の保育園がこんなにも小さなグラウンドの中で小さな子ども達が力の限り走る姿には、毎年親は泣かされています。しかし、そのリレーでさらに感動させてくれるのはその幼稚園の先生達です。勝ったチーム、負けたチームと当然分かれるのですが、勝っても負けてもその担任の先生たちは子ども達と共に大号泣をするのです。嬉しい涙と悔しい涙。運動会当日に向けて頑張ってきた思いが子ども達にも先生にもあるのでしょう。しかし、あれだけ子ども達と一緒に涙を流せる先生は、それだけ子どものことを普段から気にかけてくれているのだと思いました。素晴らしい教育者と出会えたと思います。そして、そんな先生たちが見せてくれたもう一つの感動があります。卒園をして、入学式の日。各園からのお祝いメッセージが小学校に貼られているのですが、そのなかで唯一通っていた幼稚園だけが、園長先生からではなく、担任の先生からのメッセージでした。素晴らしい先生に出会えたことに感謝です。


  • 保育園での嬉しい先生との体験談について

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    保育園で嬉しかった先生の体験談としましては、いつも私の次男が本気で泣いて「今日は保育園行くの嫌だぁ!!」と言う感じで、本気で泣きながら、保育園に行くのをなんとしても阻止しよう!と言う形で、玄関に全力で捕まったり、階段の掴める所に捕まって手当たり次第に保育園に行くことを阻止するものでありました。また、なんとか引きづりながらでも保育園の玄関につきました際には、今度は保育園の門に全力で捕まってなんとしても阻止すると言う気迫のある阻止で、親と保育園の先生をいつも困らせるものでありました。しかし、ある日みかねた保育園の先生が、「お母さん大丈夫ですか?」と言う形で、手伝ってくださる形で、自宅まで息子を引き離しに来てくださった際には非常に涙が出そうな程感激するものでありました。このことから、次回からは、先生の手を煩わせるような形になってしまいましたが、毎回保育園の先生が住宅まで迎えにきてくださり、手を引き離してくださることで非常に安心するものでありましたので、親としても大変助かるエピソードでありました。田舎の方の園じゃないと、中々ここまでしてくださる先生は居られないのではないか?と実感した瞬間でもありました。今後もとも先生のお世話になろうと考えております。

  • 幼稚園が嫌で家に走って帰ったが迎えにきてくれた先生

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    幼稚園に通い始めの事は馴染めなくて嫌で嫌で仕方なかったのである日、幼稚園から飛び出して家に帰ったことがあります。でも母はパートに出ていて家の鍵はかかったままになっていたので入れなくて困っていたところに幼稚園の先生が家まで迎えにきてくれました。決して私を叱ろうともせず泣いてる私をとてもやさしく慰めてくれました。この出来事は40年以上経過した今でも心に残ってるんです。人のやさしさに初めて深く触れた出来事だったかなっておもっております。ちなみに家から幼稚園までの距離は歩いて10分程度で家から500メートルくらいの距離にあったんですごい近かったのです。それ以後は幼稚園から飛び出して家に帰ろうとすることはなくて年長組になってからは幼稚園の友達との関係も良好で逆に幼稚園に通うのが楽しくなってきてました。そのころに戻りたいとはおもいませんが小学校時代よりかは楽しかったです。あと幼稚園は1年目と2年目はそれぞれ違う先生でした。2年目の時の先生のこともよく覚えてますけどもよく怒られた記憶が強いです。かなりの悪ガキだったので怒られても仕方なかったですけども。今もその通ってた幼稚園はありますし私の時代の園長先生は今もご健在だそうです。

  • 幼稚園で園長先生に救われた一言

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    それは長男が年長さん、次男が年少さんとして入園した年の夏の出来事でした。私は引越作業や、仮住まいを義理実家とした事で多忙かつリラックスできない日々が続いてました。加えて次男の慣れない集団生活が始まった事で毎日の送り迎えが至難の業でした。バスを使えば良かったのですが経済的に余裕が無かったのです。元々体力のない私が二人の送り迎え、そして続く真夏日、日常生活のストレスでついに眩暈が悪化し、お迎え時にヘタヘタと座り込んでしまいました。不思議そうにする園児達。心配そうにする我が子。すると園長先生がすぐに来てくれました。人目にさらされないよう使用していないフリー教室に私を誘導し、布団を敷いてくれ、アイスノンを渡してくれ、「大丈夫よ。すぐに良くなるからね。」と笑顔で声をかけてくれました。それからというもの、トラウマになってすっかり気分が落ち込んでしまい、眩暈もよくならず子供達の送迎もできなくなりやむなく早めの夏休みという形で休園せざるを得なくなり、自分を責める日々でした。すると園長先生が電話をくださいました。そのお話の中で今でも忘れられない一言とは・・・「生きていると色んな事があるものよ。大丈夫よ。きっと良くなるからね。心配しないでゆっくり過ごしてね。」ゆっくりとした口調で優しいトーンでこう語りかけてくれた園長先生に涙がこぼれました。子供の健やかな成長には親が心身ともに健康である事が大切です。子供の保育だけでなく、親のメンタルサポートもしてくださる幼稚園に頭が下がる思いと共に、これからも子供達の為に笑顔でがんばろう!と痛感した出来事でした。

  • 保育園の先生に、褒められるより嬉しかったこと。

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    娘が保育園年少の時の話です。娘は絵を描くのが好きで、特にお姫様の絵を好んで描いていました。人の形は棒人間だけど、服を着せて色も自分の好みのパステルカラーを何色も使い、と頑張って自分なりのお姫様像をいくつもいくつも描いていました。当時仕事が忙しく、お迎えが遅くなりがちだった娘は、延長保育の時間にもそのような絵をたくさん描いては先生たちに見せていたようです。ある日、めったに入ることのできない保育室に入る機会がありました。子供たちが制作した絵や工作が掲示されている中、1枚だけ絵が貼ってありました。それは娘が描いた、お姫様の絵でした。娘に聞いてみると「うまくかけたから、はってくれたみたい」と言います。もちろん4歳児が描いた絵ですから、私が親バカフィルターを通して見ても「年の割にはまぁ結構上手かな」という程度の絵です。それをわざわざ貼ってくれたのは、いつも遅くまで残ってずっと絵を描き続けていた娘の努力を認めてくれたからではないかと感じ、直接褒められるよりも嬉しい気持ちになりました。絵は、年少の間ずっと貼ってありました。
    お迎えは早くなったけど、今でも絵を描くのが大好きな娘。このまま好きなことをずっと続けてほしいし、認めてくれた先生たちへの感謝の気持ちも持ち続けていたいです。

  • 幼稚園の先生との嬉しい思い出

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    私は幼稚園に通っていた頃、とても泣き虫でいつも泣いていた記憶があります。その度に担任の先生は「どうしたの?大丈夫?」と話しを聞いてくれて、泣いているからと言って叱る事もなくいつも優しくてまさに理想のお母さんといった先生でした。そんな優しい先生との思い出の中で特に嬉しかった思い出があります。それは遠足で遊園地に行った後日の事でした。私は遠足で行った遊園地がとても楽しかったけれど、遊園地での思い出を絵に描くという授業がこなせなくてクラスで一人最後まで残ってしまったのです。一人残ってしまっても絵がどうしても描けなくて困っていました。そしたら、担任の先生が一緒に考えてくれました。遊園地で一番楽しかった乗り物を描いてみたらどうかとアドバイスをしてくれて、私は観覧車に乗った事が一番楽しかったので、観覧車を描く事にしました。描くテーマが決まってからは無事に仕上げる事が出来て、先生も喜んでくれました。それからは絵の授業がある度に自分から進んでテーマを決めて取り掛かる事が出来て、これは本当に担任の先生のお陰だと思いました。小学校に上がってからも図工の時間や夏休みなどの宿題などで絵を描く機会が沢山ありましたが、テーマに悩んだ時は幼稚園の先生のアドバイスを思い出して取り掛かる事が出来て、先生には本当に感謝しています。

  • やっぱり保育園の先生はプロだ

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    超がつくほどのママっ子で甘えん坊な3歳の息子は、0歳から3年以上保育園に通っている今も、奈良の大和高田で保育士の求人を朝バイバイするときに抱きしめてあげないと教室に入ることができません。毎日、息子がなるべくスムーズに登園できるよう気を使っているのですが、それができない日もやっぱりあって。救急車が大好きな息子は、毎日登園途中にある病院の救急車を見て行くのがルーティン。でも、ある日寝坊をして病院に寄ることができない日がありました。すると、保育園の玄関に着くなり「行かない!救急車見るからお休みする」と大泣き。息子は泣き止まないし、少しでも奈良の話題の保育園を会社に行く時間は迫ってくるしであたふたしていると、主任保育士さんが通りかかりました。そして、「救急車は、今日はお休みだったみたいだよ。だから、教室に救急車が載っている絵本があるかもしれないから探しに行こう!」と、クラスの担任でもないのに手を繋いで連れて行ってくれました。お迎えの時間に先生にお礼を伝えると、「他のクラスのお友達から、救急車を毎朝見に行ってるのを見かけると聞きましたよ〜。そして、絵本を見て救急車のお話をしたら落ち着いて、自分のクラスに行けました」と、忙しい中その後のフォローまでしてくださった様子を聞きました。親でも対処できないこともあるのに、担任でもない先生が息子の機嫌を立て直してくれたなんて!本当にプロはすごいと感謝しました。


  • 卒園時に先生が号泣!我が子のようにかわいがってくださったことに感謝。

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    認可保育園に入所できず、ひとまず認証保育園に入所した息子。初めての子でしたし、保育園に預けること自体初めてだった私は、20か所以上の保育所を見学。園長先生の「一緒に子育てしましょう。」という言葉に心を打たれ、人気の保育園を奈良の大和高田でも1歳になったばかりの息子を通わせ始めました。園長先生は印象の通り、明るく優しく、いつも親身になって子育ての相談にも乗ってくださり、近くに両親のいない私にとってはいつしか親のように頼れる存在でした。しかし認証保育園だったため、園はマンションの1階。園庭もなく、かなり狭い室内に子どもたちがひしめき合っているのを見て、もっと環境の良いところに通わせたいという思いは変わらず、認可保育園に転園することに。この保育園が奈良では話題と登園最後の日、お迎えに行った私に先生はいつもと変わらず、明るく話しかけてくださったのですが、帰る準備をしていざお別れの挨拶をしようと先生の顔を見ると、すでに涙を流してくださっていたんです。その姿を見て、私ももらい泣き。正直、卒園するこどもなんていくらでもいるから、寂しいという気持ちはあるだろうけれども、泣いて別れを惜しんでくれるとは思っておらず、驚きました。そして、息子の成長を心から楽しみにしてくださっていることを涙ながらにお話ししてくださいました。保育園のスペックとしては不十分なところもあったけれど、預かったこどもを親のように心の底から大切に育ててくださること、これが預ける親にとって一番重視するところではないでしょうか。私が巡り合った保育園でこんなに温かく、優しい場所は他になかったと思います。(息子は認可保育園に入所、その後幼稚園に転園、娘の保育園在籍中)。


  • 保育園で好きだった先生

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    実家に帰省した際、小さいころのアルバムを発見しました。そこで、保育園に通っていた時の写真がたくさん出てきたのですが・・。その中に、おそらく私の初恋であろう先生が映っていました。いや、実際には、私はその先生の事は、全く覚えておらず、母親から「あんた、この先生のことが好きで好きで、毎日○○先生、○○先生って、言ってたんだよ」って、知らされたんです。とまあ、全く覚えてはいないのですが、そのお顔をよくよく拝見してみると・・。うーん、確かに、私好みの顔をしています。黒髪ロン毛でを後ろでキュッと結び、とても活発でやさしそうな顔をしています。ここでふと思ったのですが、異性の好みって、こんな小さいころにもう出来上がっているんですかね。確か、味覚は3歳ごろには出来上がるというのを何かで聞いたことがありますが・・。異性の好みも、かなり低年齢で出来上がるのかもしれませんね。話を元に戻しまして、○○先生。いやあ、本当にキレイです。ぜひ今会ってみたいです。年齢は、もう、40歳を超えていると思いますが、きっとキレイだろうなあ。結婚していなければ、ぜひお願いします!とまあ、小さいころのアルバムを見て、あの頃の淡い恋心が少し蘇ってきた今日この頃でした。