これでもう迷わない!保育園の違いがよくわかる図

2020年8月
  • アンパンマンが好きだった保育園の先生

    保育園

    私が通っていた保育園の担任だった先生は、みんな優しくていい先生でした。中でも、年中組の時の先生は、とても面白かったです。通っていた保育園は、学年カラーと一人一人決められたマークがありました。私たちの代は2クラスあり、黄色が学年カラーで、個人的に与えられたマークはひまわりかカタツムリだったと記憶しています。ちなみに、幼少組はピンク、年長組は紫が学年カラーでした。年中組の私のクラスの先生は新任でした。幼少組の時、冬に行われる生活発表会(歌や劇を各クラスが披露する)を見に来ていました。先生が担任になった時、顔立ちは勿論、喋り方や性格の明るさから外国人ハーフみたいだったのが印象的でした。先生が面白いと思ったところは、アンパンマンが好きだったことです。当時、保育手帳(小学校で例えるなら連絡帳)のデザインがアンパンマンだったことや、毎月定期的に全員貰える絵本の中にアンパンマンの絵本があったことも影響しているかもしれません。親が迎えに来る時間になると、なかなか迎えに来ない児童が「お残りの部屋」と呼ばれる部屋に行き、16時からアンパンマンを視聴することになっていたので、私は遊ぶ友達がいない時は、アンパンマンを見て親を待っていました。それくらいアンパンマンが私は、好きでした。先生の普段の衣装もまた、カレーパンマンのように、黄色いエプロンだかかっぽう着を着ていて、メロンパンナちゃんのような(当時はまだメロンパンナちゃんはいなかった)緑のジャージのズボンをはいていて、まさにアンパンマンの世界のようでした。そして、「へい!○○(名前)!」と言いながら、元気よく踊りながら話しかけてきた先生が好きでした。先生を見ると、元気が出たからです。その明るさも、アンパンマンみたいだったからだと思います。その年の運動会などのイベントで一等賞とか賞を取った時に貰ったメダルも、アンパンマンでした。その先生は、次の年にはいなくなっていたと思います。いつも明るくて、黄色が本当に似合っていて、年中組はひまわり組と呼ばれていましたが、本当にひまわりのような人でした。なので、アンパンマンを見たり、保育園の前を通ると、時々先生のことを思い出します。恐らく私が先生を好いていた理由は、先生もまた、児童とアンパンマンが好きだったからだと思います。もし好きではなく形として接してきたならば、それは明らかに態度に出ているはずだからです。

  • 仕事を超え、子どもを愛してくれた幼稚園の先生

    保育園

    我が家の子どもが幼稚園に通っていたのは、もう5年ほど前になります。大和高田で保育士を採用するとこんなに自由に伸び伸びとした教育をモットーとするその幼稚園では非常に温かく普段から子ども達を見守ってくれていました。いい幼稚園だとは普段から思っていたのですが、何よりもその幼稚園で心を打たれたエピソードがありました。それは年に一度のプレイデー(運動会)でのことです。毎年年長になると運動会の最後に二つのクラスに分かれてリレーで対決をします。一番奈良で話題の保育園がこんなにも小さなグラウンドの中で小さな子ども達が力の限り走る姿には、毎年親は泣かされています。しかし、そのリレーでさらに感動させてくれるのはその幼稚園の先生達です。勝ったチーム、負けたチームと当然分かれるのですが、勝っても負けてもその担任の先生たちは子ども達と共に大号泣をするのです。嬉しい涙と悔しい涙。運動会当日に向けて頑張ってきた思いが子ども達にも先生にもあるのでしょう。しかし、あれだけ子ども達と一緒に涙を流せる先生は、それだけ子どものことを普段から気にかけてくれているのだと思いました。素晴らしい教育者と出会えたと思います。そして、そんな先生たちが見せてくれたもう一つの感動があります。卒園をして、入学式の日。各園からのお祝いメッセージが小学校に貼られているのですが、そのなかで唯一通っていた幼稚園だけが、園長先生からではなく、担任の先生からのメッセージでした。素晴らしい先生に出会えたことに感謝です。